幕末維新を読む 2 遠征する側、される側

後藤敦史著『忘れられた黒船―アメリカ北太平洋戦略と日本開国』

講談社選書メチエ・2017年6月刊・本体1850円

 1853年と翌54年のペリー来航による日米和親条約の締結、1856年に来日したハリスとの日米修好条約の調印、この二つに挟まって1855年5月13日(西暦)に下田に入港した、2隻から成るアメリカ艦隊があった。司令官ロジャーズが率いる北太平洋測量艦隊である。
測量艦隊の英語名称は Surveying Expedition (測量・調査のための遠征隊)で、その任務は海洋および沿岸の正確な海図の作成と動植物標本の採集などの学術調査だったが、ロジャーズ司令官は、アメリカにとって有益と判断される場合には、条約の交渉・締結・調印を行なうことができる「白紙の全権」を与えられていた。
ロジャーズは、前年に結んだ和親条約の第十条――合衆国の船は、遭難時を除いては、下田・箱館以外には入港できない――を逆手に取って、遭難時に入港の可能性がある諸所方々の港を測量させよと申し出るとともに、日本側の許可など待たず臆面もなく測量を強行した。要するに、その本性は「黒船」としての威圧感に満ちた測量・調査であり、日本はこの間、こうして毎年立てつづけに「開国」を迫られることになったのだ。
本書によれば、遠征して来る側のこうした強引さの背後には、当時の欧米列強の領土的・軍事的・経済的な競い合いや、それぞれの国内事情や、艦隊司令官の個人的野心があった。そして、本書およびこの著者の前著『開国期徳川幕府の政治と外交』(有志舎・2015年1月刊・本体6200円)によれば、この測量艦隊への対応をめぐって、遠征される側の日本における葛藤や亀裂や混迷は深まったのである。とすれば、今では「忘れられ」てはいるものの、この艦隊の存在は幕末維新史の根幹に深く関わっている、と言えるだろう。(2017.07.17、森本政彦記)

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