幕末維新を読む 1 月性研究の新しい視野

上田純子著「儒学と真宗説法―僧月性と幕末の公論空間」

塩出浩之編『公論と交際の東アジア近代』に収載
(東京大学出版会・2016年10月刊・本体5800円)

月性さんの才知は漢詩漢学によって培われ、その弁舌は法談のノリのなかで磨かれたであろう。向学の「志」をバネに、領国の垣根を越えて遊学した月性さんは、詩文の能力と儒学的教養の知力で身分の壁を突き破り、文士・志士・藩の改革派要人たちと対等の交友関係を結んで、天下国家の大事を議論する「士大夫」サークル(政治的知識人がつくる言論空間)の一員となる。
折からの黒船艦隊の来航は、月性さんにしてみれば、西欧列強が16世紀以来インドや中国で行なってきたことに照してその侵略的意図は明らかであり、ここで月性さんは、宗教的にも経済的にも軍事的にもこれを自力撃退(攘夷!)しなければならないと、武士のみならず農民・庶民に呼びかけたのだった。
【以下、引用】
月性は、この士大夫型知識人として自らの政治的主体化を模索する一方で、真宗僧としてその説法で、海防という国家的課題への対応を広く聴衆に訴えた。一八五五年以降の萩城下には、藩主以下士庶男女にわたる幅広い階層が、海防と言論という国家的課題に関心を持つ状況が現出した。これは、公共的論議の術を習得した知的エリートによって論理化された海防をめぐる論議が、真宗僧の説法というメディアによって拡散された結果である。儒学的教養と真宗説法との二重言語は、儒学的教養を持つ武士に対しては、国家や救世済民に対する使命感の自覚を促し、また、仏教―真宗教学に媒介された報国・報恩の思想は、広く民衆に国家への同調と献身を要請する。月性の論説・説法は、この両者に国家の主体としての自覚を促したものと言えよう。(上掲書p.70)
【引用終わり】

藩校や私塾(清狂草堂もその一つ)という、当時盛んだった教育・言論活動に加えて、エリートにも庶民にも通じる言葉を駆使しての熱烈な説法という、月性さんならではの活動は、幕末における公論(世論)の形成と不即不離の関係にあったのだ。
‘憂国の説法僧’というリアルな月性像を提示するこの論文は、幕末維新史への見通しの良い視野を拓いてくれる。(2017.07.11、森本政彦記)

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